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淀の陽だまり  第七回 『心中天の網島』

 昨年の映画『国宝』は大変なヒット作になり、異例のロングランともなりました。 私も遅ればせながら11月に映画を見て吉沢亮さん/横浜流星さん演ずる主役二人の生い立ちの違いを超えて芸に向き合う意地と友情に引き込まれ、美しい映像美に魅了されました。特に印象深いシーンとしては『曾根崎心中』のお初が徳兵衛に死の覚悟を問うシーンです。徳兵衛は九平治にだまされて貸した金を返してもらえぬばかりか、偽の証文で難癖をつけた科で罪人扱いされ、お初に匿われて茶屋の縁台の下に隠れ近松の原本では以下のように続きます ``証拠なければ理も立たず。此の上は徳様も死なねばならぬ品なるが。死ぬる覚悟が聞きたい」と独り言になぞらへて。足で問へば打ちうなづき。足首取って喉笛撫で。自害するとぞ知らせける,,   2人はその後 道行の場面に続いて露天神の森の中で心中を遂げるわけです。

 

 

江戸期の古い地図を見ると、当時北ノ新地(曾根崎新地)と言われる遊郭町があり露天神がありますが、ここが大坂の町の一番はずれになっていて、〈現在の国道2号線を境目ぐらいに〉それより北の大阪駅や梅田の巨大なビル群まるごと田畠のままで全くの更地だった事がわかります。

さらに面白い事に中之島が二つあったという事です。土佐堀川堂島川に挟まれた中之島のさらに北に蜆川(曾根崎川)という川が流れていて〈現在の新地本通りの南側一帯〉西から10の橋が架かっていたようです

『心中天の網島』あらすじ

 まず、登場人物の背景として、天満の紙屋の主人治兵衛と新地紀ノ国屋の遊女小春はここ三年程逢瀬を重ねますが、治兵衛には妻おさんと幼い二人の子供がいて、しかも商売の方はほとんど身が入らず左前です。(周囲から別れる様に𠮟責されます)小春も治兵衛に熱を入れて、他の遊客相手には気が入らず店の主人から治兵衛に会うことを禁じられたりします。ついに二人は今度会えたならば二人で心中しようとも誓い合うのですが、なかなか会うことができなくなります。

 このような背景のもと、上中下の三巻の構成になっています。

上之巻 河庄

 久し振りに侍のお客に呼ばれ、小春は揚屋の河内屋(河庄)にあがりお侍さんを接客しますが、相変わらずの沈んだ表情で客も興ざめてしまいます。侍は悩みがあるなら聞こうという事で、小春は、治兵衛との間で死ぬ約束をしている。しかし本音の部分で老いた母を残して死ぬのはつらく何とかこのまま毎日でも私を呼んでもらって治兵衛との心中を止めてもらいたい。などと打ち明けますが、この時格子の外では脇差をもって死ぬ覚悟で小春を探していた治兵衛がいてすべて聞かれてしまいました。

 治兵衛は烈火のごとく怒り二人の誓いの証文を投げ捨て、小春を足蹴にして立ち去ります。実はこの侍は治兵衛の兄孫右衛門で、事情を探りに侍に扮して小春に会いに来ていて、小春からも証文を預かり(証文の中に治兵衛の妻おさんからの手紙も混じっている)治兵衛もこれで目を覚ましただろうと二人の縁が切れた事に安心します。

中之巻 紙治

 天満の紙屋治兵衛の屋敷では妻のおさんが二人の幼子の世話や、店の切り盛りをしています。治兵衛はごろ寝をしたまま…そこにおさんの母(治兵衛の叔母にあたり、おさんと治兵衛はいとこ同志)と兄孫右衛門が来ます。 母は大変な憤りで、先日念仏講に行ったら新地の遊女小春が身請けされて、どうやら天満の治兵衛ではないかとうわさが立っていました。二人の仲が切れたはずなのにどうゆう事かと駆け込んできたのです。

 治兵衛は、そんな事はない、あんな口先女とはきっぱり別れていると言って熊野権現の誓紙にしたため、おさんの母と兄も得心して帰って行きます。

 おさんも、これで治兵衛も心を入れ替えて商売にも励んでくれると安堵しますが、何と、治兵衛は炬燵の中で涙に濡れています⁉ これを見ておさんはブチ切れして、私には指一本も触れようとしないのに、そんなに小春との別れ、小春が他の男に身請けされるのが悲しいのか と泣きわめきます

 治兵衛は、この涙は問屋仲間に身請けもできずにと笑われるのが悔しいのだ、と苦しい言い訳をし、

しかも小春は他の男に身請けされるのなら死を選ぶだろうと言います。

 ここでおさんはびっくりして、実は小春に手紙を書いて ”もし治兵衛を本当に愛しているのなら治兵衛を死なせないで欲しい、二人の幼い子供もおり私も治兵衛を愛しているので、何とか別れて下さい”

という切々たる願いを綴り、小春は返事として ”おさんさんの願いのため心苦しくも治兵衛さんと分かれます”という誓いの手紙を送ります。

 小春が河庄で死にたくないと言ったのは、おさんとの義理人情による嘘だったのです!

このままでは小春は身請けされて死を選ぶに違いないと知ったおさんは、身請けを止めるべく治兵衛に

せきかけ、何とかお金を用立て(箪笥の中の自分や子供の衣装まで質入れして)治兵衛に小春を身請けするようせがみます。小春との義理の前に自分はその後、飯炊き女か隠居女になっても構わないとまで言います。 その時におさんの父が現れて治兵衛が小春を身請けに行く姿を見てカンカンに怒り嫌がるおさんの言う事も聞かずに、二人の仲を割いておさんを実家に連れ帰ってしまうのです。

下之巻 大和屋、名残の橋づくし、網島

 残された治兵衛は、おさんを失い、小春も身請けできずに只々悲嘆にくれ、自身の不甲斐なさ、不運を嘆き、ついに小春と二人茶屋の大和屋を抜け出て、名残りの橋づくしの段となります。近松は蜆川や大川にかかる橋の名を次々とあげて恋する二人の男女の道行きを語ります。``何と。流れの蜆川。西に見て。朝夕渡る此の橋の天神橋は其の昔。菅丞相と申せし時筑紫へ流され給ひしに。君を慕ひて大宰府へたったひと飛び梅田橋。後追ひ松の緑橋。別れを嘆き。悲しみて跡に焦がるる桜橋。・・・丸三年も馴染まいで。此の災難に大江橋。「あれ見や難波小橋から。舟入橋の浜伝ひ・・・落つる涙に堀川の橋も水にや浸るらん。・・・此の世を捨てて。行く身には聞くも恐ろし。天満橋(天魔)・・・大慈大悲の普門品妙法蓮華京橋を・・・仏の姿に身を成橋(御成橋のことで備前島橋ともいう)``  といった感じで二人は橋を渡り川を眺めつつ最終的に京橋、御成橋を渡って南無網島の大長寺へと辿り着き、ここで心中を遂げました。

 網島は現在の大阪市都島区網島町、藤田美術館の庭園の辺りになり、大長寺は明治時代に少し北に移転して現在は東野田に名を残しています。

 小春の心の中にはおさんに対する、治兵衛を死なせてしまう事への申し訳なさ、愛する治兵衛と死ぬる喜びなどが渦まき、治兵衛は世の中の不条理や子を残す苦しみに煩悶します。近松の筆は、その二人の心の内を執拗にリアルに描き切ってゆきます。  🈡

 

 ※今回、近松門左衛門の作品を取り上げたのは、近松が福井藩士の子として越前の国に生まれた事もあります。又その事も取り上げられたらと思っています。正直なところ文楽に関しましては一度も鑑賞したこともなく、今後機会あればと思います。以下の作品などを参考にしました。

  1. 心中天網島   マンガ日本の古典27 里中満智子
  2. 仏果を得ず   双葉文庫      三浦しおん
  3. 曾根崎心中   角川ソフィア文庫  諏訪春雄訳注
  4. 映画「心中天網島」 1969年 篠田正浩監督、主演岩下志麻、中村吉右衛門